木下俊程(読み)きのした としのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下俊程」の解説

木下俊程 きのした-としのり

1833-1867 幕末大名
天保(てんぽう)4年2月6日生まれ。木下俊敦の子。兄俊方の養子となり,嘉永(かえい)7年豊後(ぶんご)(大分県)日出(ひじ)藩主木下家15代。植林をすすめ,備蓄倉をたてる。安政5年藩校致道館,6年武道場をひらく。西洋医学を導入し,兵制洋式にあらためるなど藩政改革につとめた。慶応3年8月27日死去。35歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む