日本歴史地名大系 「木村蒹葭堂宅跡」の解説
木村蒹葭堂宅跡
きむらけんかどうたくあと
[現在地名]西区北堀江四丁目
蒹葭堂は元文元年(一七三六)の生れで、名を孔恭、字は世粛、号は巽斎または遜斎、坪井屋吉右衛門と通称した。家は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
蒹葭堂は元文元年(一七三六)の生れで、名を孔恭、字は世粛、号は巽斎または遜斎、坪井屋吉右衛門と通称した。家は
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...