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趙陶斎 ちょうとうさい

美術人名辞典の解説

趙陶斎

江戸後期の書家。長崎生。名は養、字は仲頤、号に息心居士・枸杞園等。父は来舶の清商だったという。黄檗竺庵に従い僧となるが後に還俗して諸国を歴遊。晩年は堺に住し、門人十時梅厓頼春水らがいる。また篆刻も能くした。天明6年(1786)歿、74才。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

趙陶斎 ちょう-とうさい

1713-1786 江戸時代中期の書家。
正徳(しょうとく)3年生まれ。長崎の人。清(しん)(中国)の商人の子という。竺庵(じくあん)浄印に師事,のち還俗(げんぞく)して大坂の深見氏の家にすむ。書をもって諸国を遊歴し,晩年は堺で森田士徳らの後援をうけた。門人に頼春水。天明6年4月20日死去。74歳。名は養。字(あざな)は仲頤。別号に息心居士,枸杞園(くこえん)など。姓は高良(こうら)とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

趙陶斎

没年:天明6(1786)
生年正徳3(1713)
江戸中期の書家。父は清朝南京の商人,母は長崎丸山街の芸妓といわれる。名は養,字は仲頤,陶斎は号。別号に息心居士,枸杞園,清暉閣など。僧籍に入り,竺庵の弟子となる。のち還俗し,全国を周遊した。その書は聞こえが高く,また著述に『陶斎随筆』『陶斎漫筆』『息心日記』『随問筆記』などの随筆類を残している。

(永由徳夫)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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