木葉町(読み)このはまち

日本歴史地名大系 「木葉町」の解説

木葉町
このはまち

[現在地名]玉東町木葉

木葉山(二八〇メートル)の東南麓に位置し、南部を木葉川が西流、北は上木葉(かみこのは)村・浦田(うらた)村、南は二俣(ふたまた)村・白木(しらき)村と接する。三池(みいけ)往還が東西に抜ける。元亨元年(一三二一)三月三日の阿蘇社進納物注文写(阿蘇家文書)の国中初米進納所々のうち権大宮司請取分に「このは」があり、稲佐(いなさ)など一七ヵ所とともに田作祭料に充てられている。観応元年(一三五〇)宇都宮(佐田)公景に与えられた地頭職に「肥後国木柴村壱木弥太郎跡内」があり(同年一二月二〇日「一色道猷宛行状」佐田文書)、永享七年(一四三五)三月三日の佐田昌節譲状(同文書)に代々の相伝地として「肥後国木葉村」があることから「木柴村」は当地のことで、観応元年以来、佐田氏が領していたことが知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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