木見金治郎(読み)キミ キンジロウ

20世紀日本人名事典 「木見金治郎」の解説

木見 金治郎
キミ キンジロウ

明治〜昭和期の棋士 将棋8段。



生年
明治10(1877)年6月

没年
昭和26(1951)年1月7日

出生地
岡山県倉敷

経歴
神戸在住の棋士で、明治38年3段、40年4段、42年5段、大正2年6段、8年7段、13年8段となった。8段になって大阪に移住、門下の育成に当たった。東の関根金治郎一門に対する関西の巨頭で、鳥指流定跡の創始者であり、受け将棋の指し手として知られた。門下から神田辰之助、升田幸三ら多くの優れた棋士を輩出した。著書に数種の将棋指導書がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木見金治郎」の解説

木見金治郎 きみ-きんじろう

1878-1951 明治-昭和時代の将棋棋士。
明治11年6月24日生まれ。42年5段で関根金次郎の将棋同盟社にくわわる。大正13年8段に昇進し,神戸から大阪に転居。大野源一,升田幸三,大山康晴(やすはる)らをそだてた。昭和26年1月7日死去。72歳。岡山県出身。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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