本佐倉町(読み)もとさくらまち

日本歴史地名大系 「本佐倉町」の解説

本佐倉町
もとさくらまち

[現在地名]酒々井上本佐倉かみもとさくら

本佐倉村のうち、印旛沼南岸台地上に位置。成田道の宿場で、「佐倉風土記」によれば酒々井しゆすい町、町・しん町・弥勒みろく町・もと(現佐倉市)とともに佐倉六町といわれた。戦国期の佐倉のうちで、「家忠日記」の天正二〇年(一五九二)以降の記事にみえる「作倉」は当地にあたり、当時「佐倉前の宿」の呼称もあり、鶴岡宗左衛門尉の宿があった。文禄四年(一五九五)と推定される伊奈忠次等連署手形、慶長七年(一六〇二)と推定される人足手形(ともに谷本家文書)によれば、徳川家献上のため香取郡森山岡飯田もりやまおかいいだ(現小見川町)から江戸へ輸送された柑子蜜柑多古たこ(現多古町)から佐倉(本佐倉町)を経由して臼井うすい(現佐倉市)大和田おおわだ(現八千代市)船橋などを経て江戸小伝馬こでんま町に運ばれた。また宿場内の新宿しんじゆくは酒々井町上宿かみじゆくに接し、成田方面から酒々井町・当町を経て佐倉に至る成田道、千葉方面から八木やぎ(現佐倉市)を経て当地に至る道、芝山しばやま(現芝山町)方面から下台しもだい村を経て当地に至る多古道が合流し、現在芝山仁王尊境内にある「芝山仁王尊道」の道標は同地に建てられていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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