中国,明朝第3代の皇帝永楽帝の時代に作られた銅銭の名称。方孔をはさんで上下に永楽,右左に通宝,の字が刻まれている。永楽帝の父,洪武帝の鋳た洪武通宝には1,2,3,5,10文の5種類があり,建文帝も5種の建文通宝を作ったらしいが,永楽通宝は1文相当の銅銭1種のみである。永楽通宝の鋳造が開始された時期については諸文献の記載が異なるが,通説では1408年(永楽6),北京でまず鋳造され,11年,浙江,江西,広東,福建の4布政司の管轄下で大々的に鋳造され始めたとされている。各地で鋳造されたこともあって,この銅銭は文字などに微細な差異があり,鋳造も精緻さを欠く。鋳造額は明代の銅銭中,最も多く,歴代の銅銭中でも宋銭,唐の開元通宝に次いで多い。日本へも大量に輸入された。
執筆者:稲葉 一郎
1401年(応永8)最初の遣明使に従い入明した仲芳中正は楷書をよくし,成祖の命で永楽通宝の銭文を書いたと伝える。明では諸国の朝貢船の進貢物に対し頒賜物があり,また積載した貨物を買い上げたが,頒賜物の中に銅銭があり,買上物の代価に銅銭をあてた。明は太祖のとき大明宝鈔を発行,その流通をはかり銅銭通用を制限しついに禁止したが,朝貢国への銅銭給与は当代の制銭すなわち成祖代は永楽通宝,宣宗代は宣徳通宝をあてた。足利義満の通好は永楽帝成祖の世で遣明船も多く,永楽通宝の給与も多かった。しかし15世紀中ごろから明は朝貢国への銅銭給与を制限または禁止するようになる。しかも遣明船貿易も民間取引が多くなり,給価の銅銭も絹,生糸など利益の多い中国商品購入にあてられた。大中・洪武・永楽・宣徳の4通宝のうち,永楽銭の輸入が最も多く,弘治通宝に至ってはごく少ない。15世紀後期から撰銭(えりぜに)が盛んとなるが,永楽銭は善銭の一つである。しかし西国で模造の私鋳銭が出て撰銭の対象となった。永楽銭は東国でとくに重んじられた。後北条氏は1564年(永禄7)貢租の銭納に精(善)銭を,81年(天正9)精銭に代え永楽銭を充当した。精銭,永楽銭のみによる銭納は困難ゆえ,米麦,絹布,黄金などで代納もさせた。銭納は1枚が1文で通用する精銭で計上したが,永楽銭が抽出され他銭が割引通用すると永楽銭で計上した。分銭高が貫高で永楽銭による分銭高が永高である。貫高はそのまま永高となるが,これは通貨政策の変遷による表現の変化である。江戸幕府ははじめ銭勘定に永楽銭を用い,1604年(慶長9)永楽銭1文を鐚(びた)4文替えとしたのは,東国の通貨遺制によった。08年永楽銭1貫文を鐚4貫文とし金子1両を鐚4貫文にあて永楽銭通用を禁じた。以後,〈永〉は金貨計算上の単位に用いられた。
執筆者:小葉田 淳
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永・永楽・永楽銭とも。中国明の銅銭。成祖永楽帝治下の1408年初鋳。日明貿易によって大量に日本に流入し,国内でも精銭として通用した。15世紀末期以降,他の明銭が悪銭化するなかで価値は一時不安定になったが,最終的には精銭に準ずる地位を保った。とくに東国では,16世紀半ば以降,旧来の精銭の2倍の通用価値を付与され,田畠からの収益量を永楽銭換算の金額によって表示する永高制が広がるなど,基準通貨として位置づけられた。江戸幕府もはじめこれを踏襲したが,1608年(慶長13)使用を禁止し,銭貨を鐚銭(びたせん)と同価値である寛永通宝に統一した。以後,永は金貨計算の単位として用いられるのみとなった。
出典 山川出版社「山川 日本史小辞典 改訂新版」山川 日本史小辞典 改訂新版について 情報
…寛永通宝には4文通用・1文通用の2種類があり,素材により銅銭・鉄銭・精鉄銭・シンチュウ(真鍮)銭があり,日常の小口取引に使用される庶民的な通貨であった。幕藩体制の確立期である寛文期(1661‐73)になると,寛永通宝の大量鋳造によって,貨幣流通の統一が銅銭流通の全国化により実現されることになり,中世末期から近世初頭にかけての課題であった永楽通宝の廃棄が実現した。これは慶長通宝・元和通宝の発行によっても実現できなかった課題であった。…
…明ははじめ銅銭輸出は禁止したが,遣明船の進貢物に対し皇帝頒賜物とし,また貨物買上げの給価として制銭を与えた。足利義満の通好は成祖の世で,遣明船も頻繁で永楽通宝の輸入が多かった。なお大中,洪武各通宝は小平,折二,当三,当五,当十の五等銭が鋳造されたが,輸入銭は1文の小平銭である。…
※「永楽通宝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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