…1575年(天正3)府中三人衆の一人前田利家が居城。1601年(慶長6)結城秀康が3万6000石で付家老本多富正を配して以来,本多氏の城下町として発展した。南端の亀屋町から北府(きたご)町へ北陸街道が北上し,街道に沿って町屋を置き,東方に侍屋敷が広がり,その中央に御茶屋と呼ばれた本多氏の居館があり,西方には寺を配した。…
※「本多富正」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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