本多忠通(読み)ほんだ ただみち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多忠通」の解説

本多忠通 ほんだ-ただみち

1705-1721 江戸時代中期の大名
宝永2年生まれ。本多忠晴(ただはる)の孫。父の忠直(ただなお)が大和(奈良県)郡山(こおりやま)藩主本多忠常(ただつね)の養子となったため,忠晴の死により正徳(しょうとく)5年遠江(とおとうみ)(静岡県)相良(さがら)藩主本多家2代となる。享保(きょうほう)6年7月2日死去。17歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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