本間琢斎(読み)ほんま たくさい

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本間琢斎」の解説

本間琢斎 ほんま-たくさい

1812-1891 江戸後期-明治時代の鋳金家。
文化9年9月生まれ。弘化(こうか)4年佐渡奉行にまねかれ大砲鋳造。のち佐久間象山の教えをうけて洋式大砲も手がける。維新後は美術品の製作に力をそそぐ。斑紫銅(むらしどう)を発明し,内外博覧会などに出品。明治24年8月7日死去。80歳。越後(えちご)(新潟県)出身本姓は原。名は貞信通称は文平,仁左衛門。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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