本願寺与板別院(読み)ほんがんじよいたべついん

日本歴史地名大系 「本願寺与板別院」の解説

本願寺与板別院
ほんがんじよいたべついん

[現在地名]与板町東与板

市街地の東側、旧くろ川右岸の木立に囲まれた平坦地にある。浄土真宗本願寺与板別院と称する。本尊阿弥陀如来。与板御坊とも称した。天保元年(一八三〇)与板藩主八代井伊直経の発願により、同三年に本山から建立許可を受け、同四年明元みようがん寺南側に仮本堂を営んで本尊を迎えたという。開山は本願寺住職広如。嘉永二年(一八四九)藩主の名義で現在地に南北七五間・東西七一間、一町七反余(御輪番所御寄付地、堀並土手敷共惣反別)の敷地および付属道路などを定めて地ならしを開始。元治元年(一八六四)には柱立てに至ったが、明治維新の混乱により中断。内陣は屋根を葺かないまま風雨にさらされる状態にあったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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