本願寺広島別院(読み)ほんがんじひろしまべついん(ぶつごじ)

日本歴史地名大系 「本願寺広島別院」の解説

本願寺広島別院(仏護寺)
ほんがんじひろしまべついん(ぶつごじ)

[現在地名]中区寺町

てら町の東側北部にあり、明治三五年(一九〇二)までは仏護寺と称した。地元では「ぶつごん寺」とよぶ。浄土真宗本願寺派で本尊阿弥陀如来。

長禄三年(一四五九)武田氏によって銀山かなやま(跡地は現安佐南区)竜原たつはらに創建された天台宗寺院であったが、明応五年(一四九六)真宗改宗。武田氏滅亡後一時中山なかやま(現東区)に退転したが、天文二一年(一五五二)毛利元就により旧地に堂舎を再興

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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