本高村(読み)もとだかむら

日本歴史地名大系 「本高村」の解説

本高村
もとだかむら

[現在地名]鳥取市本高

野坂(のさか)川と有富(ありどめ)川の中間、有富谷の入口にあたり、北西は宮谷(みやだに)村。鹿野(しかの)往来が通り、南西に立見(たちみ)峠がある往還の馬駅であった。民家は上下に分れ、その間に古海(ふるみ)村より二〇町一〇間、鳥取より一里を示す塚があった(因幡志)。拝領高は五一六石余、本免五ツ一分。文政一二年(一八二九)の高草郡中構下札目録帳(奥田家文書)では朱高五六三石余・生高五七〇石余、物成二三七石余、山札銀七匁・藪役銀一匁五分が課されていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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