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杉村直記 すぎむら なおき

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杉村直記 すぎむら-なおき

1741-1808 江戸時代中期-後期の武士。
寛保(かんぽう)元年11月22日生まれ。対馬(つしま)(長崎県)府中藩家老。老中田沼意次(おきつぐ)としたしく,幕府の下賜金獲得,朝鮮貿易の振興など藩財政再建につくす。田沼失脚後,幽閉され文化5年3月3日死去。68歳。名は蕃祐。通称は虎太郎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

杉村直記

没年:文化5.3.3(1808.3.29)
生年:寛保1.11.22(1741.12.29)
江戸中期の対馬府中藩家老。父は大蔵,母は江戸の山田氏という。諱は蕃祐。一時期采女,大和,長門,伊勢などとも称した。明和3(1766)年江戸出府,天明8(1788)年に帰国するまで江戸家老として活動。朝鮮貿易衰退に伴う藩財政の窮状を江戸幕府に訴え,明和7年以降は毎年銀300貫を,安永5(1776)年以降は毎年金1万2000両を拝領するなど,しばしば幕府からの補助獲得に成功した。しかし朝鮮通信使聘礼の形態変更を意図する松平定信が老中になると,その障害として忌避され,帰国・隠居を余儀なくされた。さらに,易地聘礼を巡り府中藩内での意見対立が表面化すると,反易地派の領袖と目され,文化3(1806)年幕命により江戸に召喚。取り調べ中病死した。

(鶴田啓)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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