杉田文三(読み)すぎた・ぶんぞう

朝日日本歴史人物事典 「杉田文三」の解説

杉田文三

没年:昭和2.3.7(1927)
生年:明治2.9.4(1869.10.8)
明治期の農業指導者。埼玉県比企郡大河村増尾の杉田助左衛門の長男生家は農業を本業とし,かたわらに質屋と醤油醸造業を営んでいた。埼玉尋常師範学校を卒業して郷里で高等小学校に奉職し,その後農業経営に従事するとともに優良品種の育成,作物の栽培試験,農具改良などに取り組んだ。公的には村農会長を務め,郡農会や産業組合設立に尽力した。農政ジャーナリストとでも呼ぶべき人物であり,関東地区における実地経験をふまえた『実用養鶏全書』(1896,藤井平八郎と共著),『麦作全書』(1896),『実用農業新書』(1897),『麦菽改良栽培法』(1899)などを著した。<参考文献>山田竜雄「『麦菽改良栽培法』他解題」(『明治農書全集』4巻)

(佐藤常雄)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「杉田文三」の解説

杉田文三 すぎた-ぶんぞう

1869-1927 明治時代の農事改良家。
明治2年9月4日生まれ。麦などの品種の改良にとりくみ,軽便な農具を考案し,簡易な農書をあらわした。村農会長をつとめ,郡農会,産業組合の設立につくした。昭和2年3月7日死去。59歳。武蔵(むさし)比企郡(埼玉県)出身。埼玉尋常師範卒。著作に「実用農業新書」「麦菽(ばくしゅく)改良栽培法」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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