杉百合之助(読み)すぎ ゆりのすけ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

杉百合之助 すぎ-ゆりのすけ

1804-1865 江戸時代後期の武士。
文化元年2月23日生まれ。杉民治(みんじ),吉田松陰の父。長門(ながと)(山口県)萩(はぎ)藩士。天保(てんぽう)の藩政改革で百人中間頭(ちゅうげんがしら)兼盗賊改方となる。安政2年出牢して杉家に謹慎中の松陰をはげまし,松下村塾をひらくようすすめた。慶応元年8月29日死去。62歳。名は常道。字(あざな)は伯兪。号は恬斎(てんさい)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

杉百合之助

没年:慶応1.8.29(1865.10.18)
生年:文化1.2.23(1804.4.3)
吉田松陰の実父。名は常道。号は恬斎。長州(萩)藩無給通士杉七兵衛の長男として川島庄(萩市)に生まれる。禄高26石。文化10(1813)年の萩大火で郊外の松本村(萩市)に移り,文政8(1825)年護国山麓に居を定めて晴耕雨読の生活に入る。長男民治,次男松陰の教育に努め,田圃の耕作をしながら四書五経の素読を授けた。貧苦のなかに生まれて学業に耽り,「恭敬にして素樸」,常に木綿服を着,無用の話をするのを嫌った。天保14(1843)年から百人中間頭兼盗賊改方。松陰のよき理解者としてその行動を支え,松下村塾を開くよう奨励した。<参考文献>『吉田松陰全集』10巻(大和書房版)

(三宅紹宣)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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