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李石曾 りせきそう

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百科事典マイペディアの解説

李石曾【りせきそう】

中国の学者,政治家。中国国民党の元老。河北省の人。清末フランスに留学。アナーキストとなり,革命運動に入る。中華民国成立後は北京大学教授,中法大学学長となり,教育界の重鎮。

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世界大百科事典 第2版の解説

りせきそう【李石曾 Lǐ Shí zēng】

1881‐1973
中国の政治家。名は煜瀛(いくえい),石曾は字。河北省高陽県の人。清末にフランスに留学,孫文と知り,中国同盟会に加入した。フランスで豆腐製造をはじめ,呉稚暉(ごちき)らと無政府主義の雑誌《新世紀》を創刊。1915年に学生,労働者の渡仏事業を推進,〈留法勤工倹学会〉をつくり,のち北京大学教授,北平大学校長となった。国民党内では右派で蔣介石に協力,台北に没す。【久保田 文次】

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世界大百科事典内の李石曾の言及

【勤工倹学】より

…知識青年を〈社会主義的自覚をもつ,教養をそなえた勤労者に育てあげる〉という毛沢東の指示(《人民内部の矛盾を正しく処理する問題について》1957年2月)が発端となった。その源は,第1次世界大戦期の1915年6月にフランスの参戦華工(参戦国の労働力欠乏を補うために送りこまれた中国人労働者)の間で,無政府主義者で有名な李石曾(名は煜瀛(いくえい))が〈工作に勤め,倹にして以て求学する〉ことを趣旨に組織した〈勤工倹学会〉にある。17年には,中国国内に〈留法(フランス)勤工倹学会〉ができ,湖南の新民学会をはじめ,新文化運動にめざめた多くの知識青年が積極的に参加した結果,フランス留学を通じて中国を帝国主義,軍閥から解放する手だてを模索し,さらには肉体労働と頭脳労働の止揚をもめざす,一種独特の思想運動にまで発展した。…

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