村上義光墓(読み)むらかみよしてるのはか

日本歴史地名大系 「村上義光墓」の解説

村上義光墓
むらかみよしてるのはか

[現在地名]吉野町大字吉野山

みね薬師やくし堂跡の南丘陵、県道右側の石段を登りつめた頂上に、鎌倉末期から室町初期の造立とみられる宝篋印塔が立つ。「太平記」巻七「吉野城軍事」に村上義光は大塔宮身代りとなって蔵王堂ざおうどう南門の二天門櫓上で壮烈な死を遂げたとあり、その首をここに埋めたと伝える。楠木合戦注文(「群書類従」所収)の高時軍令状にあるように北条方は大塔宮の首を得て近江麻生庄をあてられんことを願った。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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