束荷村(読み)つかりむら

日本歴史地名大系 「束荷村」の解説

束荷村
つかりむら

[現在地名]大和町大字束荷

岩田(いわた)・塩田(しおた)両村の北に位置する山村。ほぼ中央を島田(しまた)川の支流立野(たての)川が西流、流域に集落が点在する。

平安時代末期には七条院領で、のち大覚寺統に伝領された束荷庄の地と考えられる。村名は慶長五年(一六〇〇)の検地帳にみえ、熊毛宰判に属した。

慶長一五年の検地帳によれば、田一二八町九反余で石高一千六六三石四斗余、畠二三町八反余で石高八九石七斗、総石高一千八三八石三斗余。「地下上申」によれば総石高三千二四一石八斗余で、うち二千三一一石四斗余が蔵入で残りが給領。総戸数三九一軒、うち一六二軒が本百姓。総人口九七三人。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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