杢ヶ橋関所跡(読み)もくがばしせきしよあと

日本歴史地名大系 「杢ヶ橋関所跡」の解説

杢ヶ橋関所跡
もくがばしせきしよあと

[現在地名]渋川南牧

三国街道の吾妻あがつま川渡河地点に設置された関所。関係資料とともに県指定史跡。天保六年(一八三五)の定番長谷川藤右衛門関所番由緒書上(田中文書)などによると、元和年間(一六一五―二四)番所ができ、寛永二〇年(一六四三)から杢ヶ橋関所と定められた。当初は長谷川七左衛門一人が番役を勤め、関所付として七郷から定番七人を差出すことになっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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