来女木村(読み)くるめぎむら

日本歴史地名大系 「来女木村」の解説

来女木村
くるめぎむら

[現在地名]高宮町来女木

原田(はらだ)村の西北に位置し、その西北は北(きた)村(現美土里町)。本村(ほむら)川の支流宮迫(みやさこ)川の上流域、およびその支流の谷々に集落がある。「芸藩通志」に「広廿二町、袤廿町、四方山塞り、郷中にも小阜あり、凡此あたりの村霜雪早く降りて麦生ひ難しといふ」とある。村名について「国郡志下調書出帳」に「当村名之儀何にて村名に為候事相分り不申候得共、いにしへは訓久留米木と唱へいつの頃より来女木と唱候事相分不申候」とある。

「和名抄」所載の訓(くるべき)郷に比定され、嘉応三年(一一七一)正月日付の伊都岐島社領安芸国壬生庄立券文(新出厳島文書)に、壬生(みぶ)庄(現山県郡千代田町)の四至として「限北春木谷并志野坂川戸村訓郷堺」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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