東中明村(読み)ひがしなかみようむら

日本歴史地名大系 「東中明村」の解説

東中明村
ひがしなかみようむら

[現在地名]喜多方市関柴町せきしばまち三津井みつい

姥堂うばどう川を挟んで西中明村北東に位置する。熊倉組に属し、西は上勝かみすぐれ村、北は京出きようで村。古くは西中明村と一村で中明村と称していたが、耕作に不便なため明暦三年(一六五七)現在地に集落を移して分村したという(新編会津風土記)。貞享二年(一六八五)の「熊倉組地下諸事作法改帳」によると、当村は関柴村下柴しもしば村の山へ入っているので、下柴村へ一〇〇文、関柴村へは米二斗二升を「一村之償ニ而」支払うことになっていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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