西中明村(読み)にしなかみようむら

日本歴史地名大系 「西中明村」の解説

西中明村
にしなかみようむら

[現在地名]喜多方市関柴町せきしばまち西勝さいかち

下勝しもすぐれ村の北東姥堂うばどう川の右岸に位置し、同川を隔てて北東は東中明村。古くは東中明村と一村で中明村と称していたが、明暦三年(一六五七)東・西の二村に分村した(新編会津風土記)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録には「中名」とあり、高七三〇石余。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」に村名が載る。貞享二年(一六八五)の「熊倉組地下諸事作法改帳」によると、当村は雄国おぐに山麓小沼おぬま村・高柳たかやなぎ村の山へ入っており、小沼村へ三八八文、高柳村へは一二七文の山役銭を毎年支払っていた。「新編会津風土記」によると家数二五。文化一五年(一八一八)の村日記では高四六一石余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む