東中条村(読み)ひがしちゆうじようむら

日本歴史地名大系 「東中条村」の解説

東中条村
ひがしちゆうじようむら

[現在地名]神辺町東中条

西中条村の北に位置する。寛文一〇年代に中条村が東西に分れて成立したと思われる。村域内に高迫(たかさご)の地名があり、古代の高迫(たかさこ)郷(和名抄)の遺称とする説が有力である。また中条谷中央部の東側平坦地に奈良時代の寺院跡秀工地(しゆうくじ)遺跡がある。

元禄一三年(一七〇〇)の東中条村御検地水帳(広島大学蔵)によれば反別九六町余・高七三七石余。福山藩水野家断絶後幕府領、嘉永六年(一八五三)阿部正弘の加増地として福山藩領となる。享保一九年(一七三四)の東中条村明細帳(藤井寛氏蔵)によると百姓家数一九五(うち高持一七三・水呑二二)、人数一千九五、酒屋一軒、医者一人、社人五人、山伏四人、虚無僧一人、座頭一人、鍛冶一人、大工二人、馬二〇・牛六三、郷蔵一、神社一、寺三、鉄砲七挺。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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