東出村(読み)ひがしでむら

日本歴史地名大系 「東出村」の解説

東出村
ひがしでむら

[現在地名]秦荘町東出

円城寺(えんじようじ)村の南に位置し、北西は西出村。慶長五年(一六〇〇)彦根藩領となり、慶長高辻帳に村名があり、高七三三石余、うち小物成二〇石。文久二年(一八六二)上知。しかし領民の反対などで彦根藩預所として明治維新を迎えた。元禄八年大洞弁天寄進帳では男一三九・女一四七、寺社方男女各二。押立(おしたて)郷一七村(現湖東町)と秦川(はたかわ)郷一一村との入会山をめぐる一連の争論のうち、寛政五年(一七九三)の秦川郷内銭取(ぜにとり)井の井水争論では、井堰普請の土取場として当村ほか六村が利用した山が、僧坊(そうぼう)村(現湖東町)の持分であったことが争点の一つになっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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