東多摩郡(読み)ひがしたまぐん

日本歴史地名大系 「東多摩郡」の解説

東多摩郡
ひがしたまぐん

明治一一年(一八七八)一一月の郡区町村編制法の施行により、朱引外六郡のひとつとして、近世の多摩郡を東・西・南・北に四分した際、東部の東京府に属した地域(西・南・北は神奈川県下)地域が東多摩郡となった。成立時には北は北豊島郡、西は神奈川県北多摩郡、南は荏原えばら郡、東は南豊島郡と境を接した。「地方沿革略譜」によれば、郡内は同年には三一ヵ村で構成され、戸数三千二七八・人口一万六千四四四、戸数・人口とも東京府一五区六郡のうち最も少ない。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む