東岡村(読み)ひがしおかむら

日本歴史地名大系 「東岡村」の解説

東岡村
ひがしおかむら

[現在地名]三浦市東岡町・城山(しろやま)町・天神(てんじん)町・三崎(みさき)一丁目

北は諸磯(もろいそ)村、東は原(はら)村・向(むこう)ヶ崎(さき)村、西は二町谷(ふたまちや)村・中之町岡(なかのちようおか)村、南は三崎町に接する。村名は正保国絵図にはなく、元禄郷帳にみえる。文化二年(一八〇五)の助郷人馬割宛済口証文(県史九)によれば、鎌倉郡雪下(ゆきのした)村(現鎌倉市)への助郷役を課されていた。「風土記稿」によれば、鎌倉および浦賀(うらが)(現横須賀市)から三崎への途中、この地で人馬の継立をしたとあり、天保初期の家数二五。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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