東庄内A遺跡跡(読み)ひがししようないAいせきあと

日本歴史地名大系 「東庄内A遺跡跡」の解説

東庄内A遺跡跡
ひがししようないAいせきあと

[現在地名]鈴鹿市東庄内町 杉山、亀山市川崎町 青

東庄内町の南方、八島(やしま)川と小流かこち川とが合流する付近の台地上にあり、標高六二メートル、比高一二メートル。昭和四三年(一九六八)、東名阪道路開設に先立って、幅三〇メートル、長さ六〇メートルの範囲が調査された結果、縄文時代早期に始まり、同後期を中心として、さらに弥生時代中期から歴史時代に至る遺跡であることがわかった。遺構としては縄文時代の土壙多数のほか、弥生時代の円形竪穴住居跡(長径三・六メートル)一基および時期不明の掘立柱建物跡一基、溝跡などであった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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