東谷下村(読み)ひがしだにしもむら

日本歴史地名大系 「東谷下村」の解説

東谷下村
ひがしだにしもむら

[現在地名]勝田町東谷下

東谷上村と併せ、梶並東谷かじなみひがしだに村を形成し、正保・天保両郷帳では梶並東谷村として高付されている。しかし「東作誌」などでは両村とも庄屋を置く独立村扱いである。分村年代は不詳。久賀くが村の北東、梶並川支流の東谷川沿いに集落が集まり、同川の東流域が東谷下村、北流域は東谷上村。以下梶並東谷村としては、正保郷帳に田二二九石余・畑二一四石余とある(都合高は五〇二石とある)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

政府首脳が外国を訪問した際の会談内容や合意事項を記した外交文書。法的拘束力は持たないが,その内容は両国を事実上拘束する。類似のものに共同発表 joint statementがあるが,これはより記録的な...

共同声明の用語解説を読む