東郷文彦(読み)トウゴウ フミヒコ

20世紀日本人名事典 「東郷文彦」の解説

東郷 文彦
トウゴウ フミヒコ

昭和期の外交官 元・駐米大使。



生年
大正4(1915)年8月18日

没年
昭和60(1985)年4月9日

出生地
東京

旧姓(旧名)
本城

学歴〔年〕
東京帝国大学法学部〔昭和14年〕卒

経歴
昭和14年外務省に入り、在外研究員としてハーバード大に留学したが、戦争のため交換船で帰国。「60年安保」当時はアメリカ局安全保障課長、沖縄返還交渉時はアメリカ局長として安保改定や沖縄返還に尽力。また事務次官としてフォード米大統領の初来日を迎え、最後は駐米大使だった。頑固な一面から「筋金入りタカ派」のイメージがあったが、退官後は外務省、新日鉄の各顧問などを務め、57年には「日米外交30年」をまとめている。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「東郷文彦」の解説

東郷文彦 とうごう-ふみひこ

1915-1985 昭和時代の外交官。
大正4年8月18日生まれ。東郷茂徳(しげのり)の娘婿。外務省にはいり,日米安保条約の改定交渉(1960),沖縄返還交渉などにかかわる。北米局長,外務事務次官,駐米大使などをつとめた。昭和60年4月9日死去。69歳。東京出身。東京帝大卒。旧姓は本城。著作に「日米外交三十年―安保・沖縄とその後」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「東郷文彦」の解説

東郷 文彦 (とうごう ふみひこ)

生年月日:1915年8月18日
昭和時代の外交官。駐米大使
1985年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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