習志野(読み)ならしの

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

習志野
ならしの

千葉県北西部,下総台地の西部を占める地域。船橋,習志野の両市域にまたがる。水利に乏しく,近世には江戸幕府の統轄する小金五牧の一部として野馬の放牧地として利用されていた。 1873年近衛連隊の演習の際の明治天皇の「夏草も茂らざりけりもののふの道おこたらずならしのの原」の御製により命名。一部新田開発地もあるが,長く陸軍の演習地であった。第2次世界大戦後は工場の進出が多く,京成・新京成電鉄を核にして住宅地も急速に拡大。軍施設の転用により大学が集中。

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大辞林 第三版の解説

ならしの【習志野】

千葉県北西部、東京湾奥に面する市。湾岸は住宅・工業団地が発達。

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精選版 日本国語大辞典の解説

ならし‐の【習志野】

[一] 千葉県、両総台地の西部にあった野原。もと小金原(大和田原)と呼ばれたが、明治初期にこの地で行なわれた旧陸軍の演習に行幸した明治天皇が命名。以後、旧陸軍の演習場として、また騎兵連隊などの所在地として知られた。
[二] 千葉県北西部の地名。東京湾にのぞむ住宅都市。昭和二九年(一九五四)津田沼町が千葉市幕張町の一部を編入して現在名に改称、市制。

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