松下筑陰(読み)まつした ちくいん

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松下筑陰」の解説

松下筑陰 まつした-ちくいん

1764-1810 江戸時代中期-後期儒者
明和元年生まれ。筑後(ちくご)(福岡県)久留米(くるめ)藩につかえ,のち豊後(ぶんご)(大分県)日田にすむ。寛政6年佐伯(さいき)藩主毛利高標(たかすえ)にまねかれて藩校四教(しこう)堂でおしえた。門人に広瀬淡窓。文化7年8月24日死去。47歳。名は夷。字(あざな)は世民。通称は勇馬,文之進。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む