松前広長(読み)まつまえ ひろなが

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松前広長 まつまえ-ひろなが

1738*-1801 江戸時代中期-後期の武士。
元文2年12月25日生まれ。蝦夷(えぞ)地(北海道)松前藩主松前邦広(くにひろ)の5男。村上系松前家をつぐ。藩財政の再建につとめ,天明2年家老となる。「福山秘府」「松前志」などを編集・執筆。享和元年5月14日死去。65歳。字(あざな)は子玄。通称は監物。号は豹関,老圃。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

松前広長

没年:享和1.5.14(1801.6.24)
生年:元文2.12.25(1738.2.13)
江戸中期,松前藩の家老・学者。字は大学,伝蔵,監物,致仕後は老甫と号した。6代藩主松前邦広の5男。母は家臣土橋武則の娘。元文3(1738)年家臣村上系松前広行の嗣子となり,宝暦5(1755)年家督を相続。安永1(1772)年藩の倹約総司,次いで天明2(1782)年~6年家老職を勤めた。幼少より学問を好み,長ずるにおよんで藩の諸職務に従事するかたわら,松前藩の正史『福山秘府』全60巻(1780)や地理書『松前志』(1781)を編さん,執筆し,天明8年致仕後も林子平『三国通覧図説』の誤謬を論じた『毛人井蛙談』(1788),松前藩の年代記『松前年歴捷径』(1799)を著すなど研究,執筆に力を注いだ。<参考文献>『松前町史』通説編1巻上

(榎森進)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

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