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松平家信 まつだいら いえのぶ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平家信 まつだいら-いえのぶ

1565-1638 織豊-江戸時代前期の大名。
永禄(えいろく)8年生まれ。松平家忠(いえただ)の子。天正(てんしょう)18年徳川家康の関東入りの際,上総(かずさ)五井に5000石をあたえられる。元和(げんな)4年1万石に加増されて三河(愛知県)形原(かたのはら)藩主となり,翌年摂津高槻(たかつき)(2万石)に移封(いほう)。寛永12年下総(しもうさ)佐倉藩主松平(形原)家初代。4万石。寛永15年1月14日死去。74歳。三河出身。初名は家副(いえすけ)。通称は又七郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

松平家信

没年:寛永15.1.14(1638.2.27)
生年:永禄8(1565)
江戸前期の大名。下総佐倉藩主。幼名は家副,のち紀太郎,又七。松平家忠の次男,母は酒井正親の娘。小牧・長久手の戦,小田原の陣などで活躍。天正18(1590)年徳川家康関東入国の際,上総五井5000石を賜る。慶長19(1614)年大坂冬の陣には従軍したが,同夏の陣には病により次男康信を遣わす。元和5(1619)年摂津国高槻2万石を受け,寛永12(1635)年に下総国佐倉藩主(4万石)。佐倉の光忠寺に葬る。

(川村優)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典内の松平家信の言及

【佐倉藩】より

…33年(寛永10)利勝の下総古河(こが)への転封後,石川忠総入封(7万石)。35年松平家信(4万石),42年老中堀田正盛が入封(11万石)し,正盛の子正信のとき,いわゆる佐倉惣五郎事件が起こった。これは53年(承応2)のことらしい。…

※「松平家信」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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