松本因碩(読み)まつもと いんせき

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松本因碩」の解説

松本因碩 まつもと-いんせき

1831-1891 江戸後期-明治時代の囲碁棋士。
天保(てんぽう)2年生まれ。伊勢(いせ)山田奉行太田志摩守の近習をつとめていたとき,本因坊秀和に3子でかつ。のち江戸で修業。主君筋の領主関宿(せきやど)藩主久世広周(くぜ-ひろちか)の推薦で,嘉永(かえい)3年13世井上因碩(いんせき)を名のる。明治になって松本姓にもどる。7段を自称した。明治24年1月11日死去。61歳。下総(しもうさ)葛飾郡出身。名は錦四郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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