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松田憲秀 まつだ のりひで

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松田憲秀 まつだ-のりひで

?-1590 織豊時代の武将。
北条氏直(うじなお)の臣で小田原衆の筆頭。天正(てんしょう)18年豊臣秀吉の小田原来攻の際,籠城(ろうじょう)を主張。のち豊臣方に内応しようとして氏直に捕らえられた。戦後,秀吉の命で同年7月5日切腹。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

松田憲秀

没年:天正18.7(1590)
生年:生年不詳
戦国大名北条氏の重臣。左馬助,尾張守。盛秀と北条綱成の姉妹の子とみられる。天文年間(1532~55)末には家督を継いで左馬助を称し,小田原衆の筆頭となっている。永禄2(1559)年作成の『小田原衆所領役帳』には貫高2798貫文余と記載されるが,これは家臣中最高であった。天正5(1577)年ごろには家督を子の直秀に譲ったらしく,尾張守を称している。同18年,豊臣秀吉の小田原来攻に当たっては籠城説を主張したといわれるが,籠城中の6月秀吉方に内応しようとし,戦後秀吉より逆に切腹を命じられている。款を通じようとしたのが裏目に出たのである。<参考文献>『南足柄市史』別冊1

(佐脇栄智)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

まつだのりひで【松田憲秀】

?‐1590(天正18)
安土桃山時代の武将。尾張守。松田氏は相模国足柄上郡松田荘から出た武士といわれ,北条早雲の同国小田原城攻略時に服属し,後北条氏の重臣に列した。憲秀は1590年(天正18)豊臣秀吉の小田原征伐に際し,小田原籠城説を主張し,北条氏政・氏直とともに同城に拠った。しかし長男政尭とともに秀吉方に内応しようとして,6月発覚して捕らえられた。7月小田原開城の際,秀吉の命により自殺。【下村 信博】

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