板倉遺跡(読み)いたくらいせき

日本歴史地名大系 「板倉遺跡」の解説

板倉遺跡
いたくらいせき

[現在地名]板倉町板倉 宮廻り

板倉町のほぼ中央にあった板倉沼の南の低平な洪積台地に所在する。標高約二〇メートル、現在の水田面からの比高約三メートル。昭和一六年(一九四一)高さ二〇センチ余りもある縄文時代晩期土偶が発見された。同四六年・四七年の発掘により、縄文時代前期から晩期までの諸型式土器出土した。縄文時代後期堀之内式・加曾利B式期に属する住居跡二基と、中期後半の加曾利E式土器を埋設土器とする土壙墓が二基発見された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む