板生村(読み)いとうむら

日本歴史地名大系 「板生村」の解説

板生村
いとうむら

[現在地名]夜久野町字板生

西は鉄鈷(かなとこ)山系によって但馬国(現兵庫県)と境し、東は富岡(とみおか)山系によって直見(のうみ)村と画される、長さ約八キロ、最大幅〇・五キロ余りの細長い谷にある。板生川が谷口で直見川と合流する辺りから上流に向かって、三ッ谷(みつや)(現三谷)、中心集落の羽白(はじろ)、田谷垣(たやがい)・今西(いまにし)が続く。高六五九・四二九石(丹波志)。三谷(さんだに)の丘陵腹からは弥生式土器が出土した(三谷遺跡)。「丹波志」によると谷奥の今西からは「但馬国天谷村三十二丁弐十間牛馬道、但シ牛ノ尾峠国境杭迄十三丁弐十間」と但馬国に通じていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ノーベルがスウェーデンアカデミーに寄付した遺産を基金とする世界的な賞。1901年以降行われ、毎年、物理学・化学・生理学および医学・文学・平和・経済学の6部門において、顕著な功績のあった人に授与される。...

ノーベル賞の用語解説を読む