板生村(読み)いとうむら

日本歴史地名大系 「板生村」の解説

板生村
いとうむら

[現在地名]夜久野町字板生

西は鉄鈷かなとこ山系によって但馬国(現兵庫県)と境し、東は富岡とみおか山系によって直見のうみ村と画される、長さ約八キロ、最大幅〇・五キロ余りの細長い谷にある。板生川が谷口で直見川と合流する辺りから上流に向かって、三ッ谷みつや(現三谷)、中心集落の羽白はじろ田谷垣たやがい今西いまにしが続く。高六五九・四二九石(丹波志)三谷さんだにの丘陵腹からは弥生式土器が出土した(三谷遺跡)。「丹波志」によると谷奥の今西からは「但馬国天谷村三十二丁弐十間牛馬道、但シ牛ノ尾峠国境杭迄十三丁弐十間」と但馬国に通じていた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む