林吉左衛門(読み)はやし・きちざえもん

朝日日本歴史人物事典 「林吉左衛門」の解説

林吉左衛門

没年:正保3.4.6(1646.5.20)
生年:生年不詳
長崎の南蛮天文学の祖。『長崎先民伝』に「天文,地理,星宿,暦法の学に精通」とある。天文の弟子小林義信(樋口謙貞),吉村長蔵,小野昌硯,本山作左衛門,金屋孫右衛門,胡麻屋了益,三島吉左衛門の名がある。何かの犯科に関連して小林義信の父久兵衛の家にかくまわれていた。のち許されて弟子に講義していたが,いつかキリシタンに帰依するようになり,宗門目付井上政重に捕らえられ刑死した。名前の「吉左」は自筆稿本によると「吉右」とあるので「吉右衛門」の方が正しいともいわれる。細井広沢筆写の『測量秘言』には「林先生」にシンスサイと振り仮名されている。

(内田正男)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「林吉左衛門」の解説

林吉左衛門 はやし-きちざえもん

?-1646 江戸時代前期の暦算家。
肥前長崎の人。天文,地理,星宿,暦法の学に通じ,門人に小林義信らがいる。寛永16年キリシタンとして捕らえられ,正保(しょうほ)3年4月6日刑死した。名は一説に吉右衛門とも。

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