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小林義信 こばやし よしのぶ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

小林義信 こばやし-よしのぶ

1601-1684* 江戸時代前期の暦算家。
慶長6年生まれ。林吉左衛門に天文,暦学,地理などをまなぶ。師がキリシタンであったため,その処刑に連座し,正保(しょうほ)3年から21年間の獄中生活をおくる。のち宣明暦(せんみょうれき)が予報した月食は誤りと指摘した。天和(てんな)3年12月24日死去。83歳。肥前長崎出身。本姓は樋口。字(あざな)は謙貞。通称は権右衛門。著作に「二儀略説」など。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

小林義信
こばやしよしのぶ
(1601―1683)

江戸前期の天文家。長崎の人。字(あざな)は謙貞(けんてい)。幼にして読書を好み、同郷の林吉左衛門(?―1646)に就いて天文暦学を学んだ。1646年(正保3)師の吉左衛門がキリシタン取締りで刑につくと義信も投獄されたが、21年後の1667年(寛文7)に許されて自由の身となった。以後は長崎において弟子をとって教えたが、その名声は遠地にまで及んだ。1683年(天和3)11月の官暦に記載の月食予報の誤りを指摘し、彼の推算どおり食はなかった。『二儀略説』の著がある。なお一説には、彼は樋口(ひぐち)久兵衛の子で、幼時は樋口謙貞とあり、長崎において、日本で最初に西洋測量術を学んだ樋口権右衛門と同人であるという。[渡辺敏夫]

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