出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
新潟県上越市にある浄土真宗浄興寺派の本山。寺伝によると,親鸞は常陸国茨城郡稲田郷に稲田禅房を開いて,名を歓喜踊躍(ゆやく)山浄土真宗興行寺とした。浄興寺はその略称であるという。親鸞の帰洛に際し,寺は善性に譲られたが,1262年(弘長2)に親鸞が没すると,その遺骨が浄興寺に分納された。その後,浄興寺は火災や戦乱にあい,信濃国の長沼,越後国の春日山,同国の福島などを転々としたが,1610年(慶長15)松平氏の城下の高田に移り,46年(正保3)に現在の地に堂宇を建てた。親鸞の遺骨のほか,本願寺歴代法主の遺骨も分納され,寺内には本堂のほかに,霊廟,太子堂などがあり,聖教をはじめとする寺宝も多い。
執筆者:大隅 和雄
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
新潟県上越(じょうえつ)市寺町にある真宗浄興寺派本山。山号は歓喜踊躍山(かんぎゆうやくさん)。本尊は阿弥陀如来(あみだにょらい)。開山は親鸞(しんらん)。寺伝によれば、親鸞が『教行信証(きょうぎょうしんしょう)』を著した常陸(ひたち)(茨城県)の稲田禅坊(いなだぜんぼう)を起源とし、1224年(元仁1)の開創という。1262年(弘長2)親鸞没時の遺命により頂骨と遺物を守り、信濃(しなの)国(長野県)長沼に約300年間あったが、川中島合戦のとき焼失、各地を移転した。1610年(慶長15)松平忠輝(ただてる)の越後(えちご)(新潟県)の高田城造営に伴い城下裏寺町に再興されたが、1646年(正保3)現地に移った。一説に寛文(かんぶん)大地震(1665)後に現在地に移転ともいう。親鸞廟(びょう)には頂骨を安置し、また一般信者の納骨も許している。6月24日逮夜(たいや)~28日の大法会(ほうえ)のときには本堂の正面に遺物の笈(おい)を飾り、宝塔を安置する。
[清水 乞]
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