柳井原村(読み)やないばらむら

日本歴史地名大系 「柳井原村」の解説

柳井原村
やないばらむら

[現在地名]船穂町柳井原

北と西は二万(にま)村(現吉備郡真備町)、南は水江(みずえ)村、東は西高梁(にしたかはし)川を境に窪屋(くぼや)郡水江村(現倉敷市)。現船穂町の北東部に位置。寛永備中国絵図には「柳内原村」とみえ、高一七九石余、街道が対岸の西原(にしばら)村(現倉敷市)より渡河して水江村との境を通り二万村に至る。正保郷帳でもほぼ同高。元禄八年(一六九五)の検地帳(船穂町役場蔵)では高三一二石余・反別三三町四反余。茶一株につき五勺の貢租がみられる。池一七ヵ所。寛政元年(一七八九)の亀山藩領七ヶ村差上帳(吉田文書)では、田二四七石余・一八町一反余、畑六七石余・一六町一反余。


柳井原村
やないばるむら

[現在地名]蘇陽町柳井原(やないはる)

大矢(おおや)川上流左岸にあり、東は竿渡(さわたり)村、北は黒原(くろばる)村、南は大野(おおの)村、西は方(ほう)ヶ野(の)村と上益城(かみましき)郡安方(やすかた)村(現清和村)に接する。文明四年(一四七二)八月二八日の阿蘇山本堂造営棟別料足日記写(阿蘇家文書)に「一いゑ十 やないはる」とみえ、棟別銭の課せられる棟数が記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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