日本歴史地名大系 「柳本城跡・柳本陣屋跡」の解説 柳本城跡・柳本陣屋跡やなぎもとじようあと・やなぎもとじんやあと 奈良県:天理市柳本地区柳本村柳本城跡・柳本陣屋跡[現在地名]天理市柳本町柳本城は楊本(やなぎもと)庄の下司・公文で興福寺大乗院方国民楊本氏の居館。「大乗院雑事記」文明三年(一四七一)閏八月九日条に、楊本庄と大市(おおいち)庄の田畠が入り組んでいたことに関連して「大市庄百姓等注進云、自今暁十市押寄楊本館、大市入紐(組)之間、田地等可為難義之由申入之」とみえ、大乗院方国民十市氏との間に対立があった。また「多聞院日記」天文一一年(一五四二)三月一八日条に、木沢長政の信貴山(しぎさん)城(現生駒郡平群町)を畠山氏が攻めたことに関連して「柳本ノ城ハ今暁自焼シテ被離了」の記事があり、「国民郷士記」には「柳本平城柳本範宣」とみえる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by