柳生俊則(読み)やぎゅう としのり

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「柳生俊則」の解説

柳生俊則 やぎゅう-としのり

1730-1816 江戸時代中期-後期大名
享保(きょうほう)15年生まれ。蝦夷(えぞ)地(北海道)松前藩主松前邦広(くにひろ)の次男柳生俊峯(としみね)の婿養子となり,宝暦13年大和(奈良県)柳生藩主柳生家8代。日光祭礼奉行などをつとめ,また将軍徳川家斉(いえなり)に剣術を教授した。文化13年6月5日死去。87歳。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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