柿浦村(読み)かきのうらむら

日本歴史地名大系 「柿浦村」の解説

柿浦村
かきのうらむら

[現在地名]大柿町柿浦かきうら

飛渡瀬ひとのせ村の南にある。西に山を負い、東は瀬戸内海に面して海岸沿いに平地が開ける。南のとびはな(鳶ヶ小島・飛小島)により浅い湾をつくる。「芸藩通志」により「かきのうら」と訓ずる。

元和五年(一六一九)の安芸国知行帳では「のふミ島ひかし」に含まれた。寛永一五年(一六三八)の地詰により高一九八石の村として成立した(地詰帳「大柿町史」所収)。広島藩蔵入地。「垣浦」とも記される(「能美島志」沖美町専念寺蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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