根差部村(読み)みさしつぷむら

日本歴史地名大系 「根差部村」の解説

根差部村
みさしつぷむら

[現在地名]豊見城市根差部(ねさぶ)

嘉数(かかじ)村の西にある。ミサシップ村またはニシップ村とよぶ。絵図郷村帳・琉球国高究帳および「琉球国由来記」のいずれにも豊見城(とうみぐすく)間切根差部村とみえる。高究帳によると高頭七九石余、うち田五一石余・畠方二八石余。間切集成図によれば首里から真玉橋(まだんばし)村を経て当村に進み、当村で石火矢(いしびや)橋を渡って間切番所に行く道筋と、饒波(ぬふあ)・高安(たけーし)の両村の間に南下する道筋とに分れる。当村を領する地頭職には万暦年間(一五七三―一六一九)に雍氏二世雍振警根指部親雲上興方(雍姓目取真家家譜)、崇禎八年(一六三五)馬氏五世馬継宗根指部親雲上良紀がいる(馬姓小禄家家譜)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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