根謝銘村(読み)いんじやみむら

日本歴史地名大系 「根謝銘村」の解説

根謝銘村
いんじやみむら

[現在地名]大宜味謝名城じやなぐすく

東シナ海に突き出た作場さば岬の付根、大川川(ウッカーガー)沿いに立地し、西は一名代ていんなす村。インジャミとよび、ニジャミともいう。間切所属の変遷は塩屋さー村と同じ。絵図郷村帳に国頭くんじやん間切「ねざめ村」とみえるが、琉球国高究帳に村名はみえない。「琉球国由来記」では根謝銘村とみえ、ガナハナ嶽があると記される。尚王二六年(一八二九)大宜味いぎみ間切根謝銘村に寄居していた遜日光宮城筑登之親雲上調峯が爵位を与えられているが、その理由は飢饉および疱瘡が発生した際の善行によるものであった(「球陽」同年条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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