桐生城(読み)きりゅうじょう

日本の城がわかる事典 「桐生城」の解説

きりゅうじょう【桐生城】

群馬県桐生市にあった中世山城(やまじろ)。南北朝時代の1350年(観応1/正平5)、柄杓(ひしゃく)山に桐生国綱が3年の歳月をかけて築いた城である。国綱はその後、渡良瀬川と桐生川を結ぶ水路を開いて、要害堀とするなど桐生氏発展の基礎を築いた。戦国時代、桐生氏はこの城を拠点に勢力を伸ばし、小田原の北条氏の勢力に対抗したが、城主の桐生直綱が佐野重綱を養嗣子に迎えたことをきっかけに、内部に不和が生じ、弱体化した。1573年(天正1)、これに乗じて、金山城(太田市)の由良国繁に攻められ、重綱はこの戦いに敗れて佐野に落ち延びた。国繁は、重綱の養子入りとともに影響力を強めた桐生城内の佐野家の勢力を一掃し、由良氏の属城とした。1590年(天正18)、小田原の役で北条氏は滅亡したが、北条氏の有力な武将となっていた由良氏は常陸国牛久へ国替えとなり、これとともに桐生城も廃城となった。現在、城跡には郭、堀切、竪堀などの遺構が残っている。JR両毛線桐生駅からバス約15分で居館下車、徒歩約30分。◇柄杓山城とも呼ばれる。

出典 講談社日本の城がわかる事典について 情報

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