桐畑村(読み)きりはたむら

日本歴史地名大系 「桐畑村」の解説

桐畑村
きりはたむら

[現在地名]柳田村桐畑

小間生おもう村の東の谷を登った山間にあり、東は珠洲すず郡。周辺は木地師の生産の舞台で、村名は木地畑からとする説がある。宝立ほうりゆう山の前山地帯にあるため、宝立山にちなむ伝説が残る。また享禄錯乱の際能登に逃れた波佐谷松岡はさだにしようこう寺が一時当地に潜伏したと伝え、通称ぼうでらは当時の寺跡といわれる。正保郷帳では小間生村・切畑きりはた村として一括して高付される。承応三年(一六五四)の村御印では高三六石余、免四ツ一分(能登奥両郡収納帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む