玉津島(読み)タマツシマ

デジタル大辞泉 「玉津島」の意味・読み・例文・類語

たまつ‐しま【玉津島】

和歌山市和歌浦地名。かつては島。玉津島神社がある。[歌枕
「―見れども飽かずいかにして包み持ち行かむ見ぬ人のため」〈・一二二二〉

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精選版 日本国語大辞典 「玉津島」の意味・読み・例文・類語

たまつ‐しま【玉津島】

[一] 和歌山市和歌浦中、玉津島神社の裏にある奠供(てんぐ)山の古称古くはまわりが海で、その山は島であった。

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日本歴史地名大系 「玉津島」の解説

玉津島
たまつしま

[現在地名]和歌山市和歌浦中三丁目

玉津島神社のある島で、現在は陸続きになっている。「万葉集」巻六に「神亀元年甲子冬十月五日、紀伊国に幸しし時に、山部宿禰赤人の作る歌一首」として次の長歌がある。

<資料は省略されています>

反歌二首のうち一首に「沖つ島荒磯の玉藻潮干満ちて隠ろひゆかば思ほえむかも」とあり、干潮時には干潟になっていたことが知られる。風光明媚な和歌浦わかのうら一角にあったこと、古くから玉津島神が祀られていたことなどから、奈良時代、右の聖武天皇や称徳天皇行幸(「続日本紀」天平神護元年一〇月一三日条)があり、「万葉集」にはほかにも次のような歌が載る。

<資料は省略されています>

「日本後紀」延暦二三年(八〇四)一〇月一一日条には、桓武天皇が「幸紀伊国玉出島」と記され、「紀伊名所図会」は玉出島が本来の表記で「たまづしま」と読んだとする。

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改訂新版 世界大百科事典 「玉津島」の意味・わかりやすい解説

玉津島 (たまつしま)

歌枕。和歌山市和歌浦にあった島で,現在は陸続き。衣通(そとおり)姫などを祭神とする玉津島神社が鎮座し,景観にすぐれた和歌浦の中核をなす地として,古く,聖武天皇などの行幸もあった。《万葉集》巻六に載る山部赤人の長歌に〈神代より然(しか)そ尊き 玉津島山〉と詠まれ,〈わたの原よせくる浪のしばしばも見まくのほしき玉津島かも〉(《古今和歌集》巻一,よみ人しらず),〈玉津島たえぬ流れを汲む袖に昔をかけよ和歌の浦なみ〉(《秋篠月清集》藤原良経)など詠歌は多い。玉津島の神が和歌の神と理解されていたことも見逃せない。熊野詣高野参詣の途次に立ち寄る人々も多かった。
和歌浦
執筆者:

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「玉津島」の意味・わかりやすい解説

玉津島
たまつしま

和歌山市和歌浦の南部の地。かつては島であったが、いまは陸続きである。玉津島神社があり、天皇の行幸が多く、聖武(しょうむ)天皇行幸の際に山部赤人(やまべのあかひと)が詠んだ長歌にもその名がみえる。神社の背後に奠供山(てんぐやま)、また付近に妹背山(いもせやま)、観海閣などの名跡が多く、歌枕(うたまくら)として『古今集』『後撰(ごせん)集』などにも詠まれている。

[小池洋一]

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デジタル大辞泉プラス 「玉津島」の解説

玉津島

広島県福山市、鞆の浦南端に位置する無人島。鞆の港から防波堤づたいに徒歩で渡ることができる。

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